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京都地方裁判所 昭和30年(行)8号 判決 1956年4月06日

原告 有限会社酒井亭

被告 中京税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告が原告に対してした昭和二十七年事業年度分の法人所得金額を十万八千円とする旨の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、原告は肩書地において麺類等の飲食業を営んでいたものであるが被告は昭和二十八年七月三十日、原告の昭和二十七年事業年度分の法人所得を十万八千円とする旨の決定をなし、原告は同日その通知を受けた。ところが原告の同事業年度分の所得金額は二万三千六円であるので、原告は昭和二十八年八月二十八日再調査の請求をしたが、昭和二十九年十二月十六日原告の請求を棄却する旨の決定があり、原告は同日その通知を受けた。しかし乍ら被告の決定は不当であるからその取消を求めると述べ、被告主張の事実中、原告が被告主張の事業を営んでいたこと、被告が昭和二十八年七月三十日原告の昭和二十七年事業年度分の法人所得を十万八千円とする無申告決定を発送したこと、原告が昭和二十八年八月二十八日被告に対し再調査の請求をしたところ、被告が右請求の日から三ケ月以内に再調査の決定をしなかつたので、同年十一月二十九日をもつて大阪国税局長に対し審査の請求をなしたものとみなされたこと、これに対し、同局長は昭和二十九年十二月十六日原告に対し請求棄却の決定を通知したこと、松岡事務官が昭和二十八年七月原告会社に臨み、本件事業年度の法人税について調査したこと、原告会社が本件事業年度に青色申告を提出することができる法人でなかつたこと、及び原告会社の店舖が五十年来の老舖であることは争わない。その余の事実は争う。原告は昭和二十七年九月に解散しているから、その後の松岡事務官の右調査時の状況をもつて、本件所得金額推計の理由とすることは不当である。また松岡事務官は原告会社の帳簿書類を閲覧し、原告は同事務官に対し、出来得る限り説明したのであるから、被告が本件所得金額を推計によつて算定したのは不当である。仮に推計により得るとしても、被告は昭和二十六年一月大阪国税局が作成した法人調査提要の標準利益率により原告会社の所得を推計するが、その適用は精密な調査のうえ、正確になされなければならないのに拘らず、被告は徹底した調査をなさずに標準利益率を七、五パーセントとして推計したものであつて、その不当なことは明かである。また被告が主張する原告会社が本件事業年度中に使用した箸の数は事実と相違しており、事実は合計四万三千七百本である。

更に被告の主張する原告会社の商品の代価とその売上の割合は事実と相違しており、事実は

うどん     二十円 七十五パーセント

天ぷらうどん  五十円  十五パーセント

玉子丼    七十五円   十パーセント

であつて、これらの綜合平均単価は三十円となるから、これらの売上高は合計百三十一万千円となり、被告の推計の誤りであることは、この点からも明かであると述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告はその肩書地において(一)各種食料品の製造及び販売(二)右に附随する一切の事業を行つていた有限会社であるが、被告は昭和二十八年七月三十日原告に対し法人税法第三十条に基き、原告会社の昭和二十七年事業年度分の所得金額を十万八千円とする無申告決定を発送したところ、原告は昭和二十八年八月二十八日被告に対し、右決定に対する再調査の請求をしたが、被告は右再調査の請求があつた日から三ケ月以内に再調査の決定をしなかつたので、法人税法第三十五条第三項第二号により、同年十一月二十九日をもつて、大阪国税局長に対し審査の請求をなしたものとみなされた。これに対し同局長は昭和二十九年十二月十六日原告に対し、請求棄却の決定を通知した。

而して、中京税務署法人税課大蔵事務官松岡昭が昭和二十八年七月原告会社に臨み本件事業年度の法人税について調査を行つたところ、原告会社は会社の現金管理は全く行われておらず、原告から呈示せられた本件事業年度にかかる帳簿書類は会社の営業の全部を記録しているとは認められず、またその記録を証する書類の保存がなく、これらについて原告の説明を求めたが、その説明を得られなかつた。大阪国税局協議団京都支部協議官池田効が原告会社に臨み調査したところも右と同様の状態であつた。また原告は本件事業年度において青色申告を提出することができる法人でなかつたので、被告はつぎのような方法により原告の所得金額を推計した。すなわち、大阪国税局昭和二十六年一月作成にかかる法人調査提要によれば原告の営業種目においては従業員一人当りの標準売上高は六十六万円であり、原告会社の従業員は合計八名であるが、この中には老年者が含まれており、而も店員の異動が激しくて長年勤続者がないと聞いたので、能力比率を考慮し、それを五十パーセントとして、実稼働従業員数を四名と認定し、また前記調査提要によれば原告会社の営業種目の標準利益率は二十五パーセントとなつているが、原告の実情を考慮して、前年度(昭和二十六年度)は十パーセントとしたが本件事業年度は人件費が前年度に比して百三十パーセントとなつているため、10%×100/130の算式により計算して得た七、六九パーセントとするのが相当であると考え、これを七、五パーセントとして適用し、結局六十六万円を四名に乗じ、これを本件事業年度の月数により月割(9/12)にして売上高百九十八万円を計算し、これに右標準利益率七、五パーセントを乗じて、利益金十四万八千五百円を算出し、この金額から前期分の事業税四万四百八十円を被告において進んで引当控除して十万八千二十円の所得金額を決定したのである。しかし乍ら被告が右推計に用いた法人調査提要は昭和二十四年十月開始昭和二十五年九月終了の一年決算法人のものを基準として作成されたものであつて、本件事業年度分に対しては本来昭和二十八年一月大阪国税局作成にかかる法人審理提要を用いるべきであつたのであり、これによれば従業員一人当り売上高は八十九万円となつているのであるから、被告は寧ろ誤つて過少に推計をしたのである。なお原告会社の店舖は五十年来の老舖であつて、原告会社の業績が多数同業者の実績によつて作成せられた前記の標準率を下廻るとは到底考えられない。更に原告会社の記録によれば、原告会社が本件事業年度中に使用した箸の数は、少くとも五万二千本であり、原告会社の商品で代表的なものの代価とその売上割合は、

うどん    三十円 売上割合 七十五パーセント

天ぷらうどん 五十円 同     十五パーセント

玉子丼    九十円 同      十パーセント

であつて、これらの綜合平均単価は三十九円となるから、これらの売上高は合計二百二万八千円となる。この他に原告は酒、ビール、かき氷、清凉飲料水、みつ豆等、箸を必要としない商品をも扱つているから、売上総額は右の金額より更に多額となる筈であるから、被告がさきに行つた推計額は寧ろ低きに過ぎる結果となつているのであつて、被告の決定は決して不当なものではないと述べた。(立証省略)

理由

原告は昭和二十七年事業年度中肩書地において、(一)各種食料品の製造及び販売(二)右に附随する一切の事業を行い麺類等の飲食業を営んでいた有限会社であるところ、被告は昭和二十八年七月三十日原告に対し、原告の昭和二十七年事業年度分の法人所得金額を十万八千円とする無申告決定をなし、原告は同日その通知を受けた。原告は昭和二十八年八月二十八日被告に対し、再調査の請求をしたが、被告は右再調査の請求があつた日から三ケ月以内に再調査の決定をしなかつたので、同年十一月二十九日をもつて大阪国税局長に対し、審査の請求をなしたものとみなされた。これに対し、同局長は昭和二十九年十二月十六日原告に対し請求棄却の決定をなし、原告は同日その通知を受けたことは当事者間に争いがない。

よつて本件の争点である原告に対する昭和二十七年事業年度法人所得税の課税標準について判断することとなるのであるが、原告は本件所得を推計によつて算出したのは不当であると主張するから、先ずこの点について考えてみよう。

原告が本件事業年度において、青色申告を提出することができる法人でなかつたことは当事者間に争いがない。従つて、法人税法第三十一条の四第二項により、所得金額を推計することができるものといわなければならない。

そこで進んで本件の場合、推計による所得金額の算定が妥当かどうかについて考えてみよう。

成立に争のない乙第一号証、同第四号証の一乃至四、同第五号証、同第六号証の一乃至三、同第七号証の一、二、同第八号証の一乃至三、同第九号証及び証人池田効の証言によれば、国税協議官池田効が昭和二十九年八月四、五日頃原告会社の本件事業年度の所得調査のため、その店舖に臨み、原告会社代表者佐々木清次の意見を聴取したとところ、同人は何等具体的な意見を述べず、帳簿の閲覧には応じたけれども、原告会社に備付の帳簿類は、金銭出納簿、仕入帳及び元帳だけであつて、正規の貸借対照表、損益計算書を備付けていなかつたこと、右備付の帳簿類をそれぞれ比較対照すると、その記録自体若干の齟齬、欠陥があるのみならず、仕入帳(乙第七号証)は昭和二十七年七月末日までの記帳しかなされておらず、原告が再調査請求の際提出した貸借対照表(乙第九号証)、損益計算書と右諸帳簿とを対比すると金額の相違、缺陥が発見されたこと、右貸借対照表(乙第九号証)の純益金が二万三千五円二十九銭であるのに、再調査請求書(乙第一号証)記載の要求額は三万三千円となつており、本件主張金額二万三千六円と相違があること、原告会社は昭和二十七年九月解散しているのに帳簿はその後締切がなされておらず、会社財産を個人企業に引継いだことについての記録もなかつたこと、原告方における現金管理状態は不完全であつて、前敘の帳簿の不備と相俟つて前記備付帳簿類が原告の実際の営業状態を反映していないと判断されたこと、及び原告代表者佐々木はその後も池田協議官の質問に対して、何ら具体的説明をなさなかつたことがいずれも認められる。

以上のような事情のもとでは原告の所得金額を推計することができるものというべきである。

原告は、原告は昭和二十七年九月に解散しているのであるから、それ以後の調査時の状態をもつて、所得金額推計の理由とすることは不当であると主張するけれども、弁論の全趣旨によれば、昭和二十七年九月末日原告会社解散後は、その店舖、設備、什器等をそのまま原告代表者個人が引継ぎ営業に使用していることが認められるから、その後の調査時の現金管理状態をもつて、解散前の現金管理状態を推知し得べく、更に前段認定の如き帳簿の不備と相俟つて、所得金額を推計せざるを得ないと認定したことは何等不当なことではない。何故ならば帳簿の調査は会社解散前であると、後であるとにより原則として何らの影響を受けるものではないからである。

原告は松岡事務官に対し、原告会社の帳簿を閲覧させ、同事務官に対し、出来る限りの説明をしたと主張するけれどもこのことに関しては何らの立証もない。

よつて所得金額を推計するのは不当であるとの原告の主張は理由がない。

そこで、つぎに原告の所得金額についての被告の主張を検討することとする。

成立に争いのない乙第二号証の一乃至五、第三号証の一乃至三、及び証人池田効の証言によれば、本件事業年度における法人所得の推計には、大阪国税局昭和二十八年一月作成にかかる法人審理提要(乙第三号証の一乃至三)を適用すべきであつて、同審理提要によれば原告の営業種目では、従業員一人当りの標準売上高は八十九万円であるのに拘らず、被告は誤つて、大阪国税局昭和二十六年一月作成にかかる法人調査提要(乙第二号証の一乃至五)を適用し、従業員一人当りの標準売上高を六十六万円としたこと、原告会社の従業員は本件事業年度においては八人であつたが、能率稼働率等を考慮して四人として計算したこと、右法人審理提要によれば標準利益率は十二パーセントとなつているのであるが、原告会社の前年度の認定が十パーセントであつたことと原告会社の人件費、その他の経費を考慮して七、五パーセントとして計算したことが認められる。而して原告の店舖が五十年来の老舖であることは当事者間に争いのないところであり、証人池田効の証言によれば、店舖の状況、客筋等良好で営業としては繁昌している様に思われたことが認められるから、右の被告適用の各係数は少な過ぎることはあつても、不当であるとは認められない。ところで弁論の全趣旨によれば、原告が昭和二十七年九月に解散し原告会社の昭和二十七年事業年度は同年一月一日より九月末日までであることが認められるから、右の各係数に従つて、つぎの算式により原告の同事業年度の所得金額を計算すると、66万円×4×9/12×0.0075十四万八千五百円となる。

原告は、原告会社におけるうどん、天ぷらうどん、玉子丼を綜合した平均単価は三十円であり、本件事業年度に使用した箸の数は四万三千七百本であつたから、これらの売上高は百三十一万千円であると主張するけれどもこの点について何らの立証もない。

従つて、その余の判断をなすまでもなく、被告が原告の昭和二十七年事業年度所得金額を前記認定の推計額十四万八千五百円を下廻る十万八千円と認定した無申告決定は、決して違法なものではないから、これが取消を求める原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 青木英五郎 石崎甚八 佐古田英郎)

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